ジャンル 日本の歴史と文化
オンデマンド
【オンデマンド】日本語の変遷―発音の歴史をたどる
釘貫 亨(名古屋大学名誉教授)
コード | 930207 |
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定員 | 25名 |
単位数 | − |
会員価格 | 受講料 ¥ 15,840 |
ビジター価格 | 受講料 ¥ 15,840 |
目標
・万葉仮名によって古代音声を復元する方法を知る
・音変化による平仮名表記の混乱を収めた藤原定家の業績を知る
・漢字音から古代音を復元した近世国学者の業績を知る
講義概要
日本社会に文字が定着した結果、万葉仮名を駆使して日本語が表記できるようになった。8世紀当時の中国語音に基づく万葉仮名を資料にして奈良時代の8母音、ハ行子音p、サ行子音tsが明らかになる。平安時代に平仮名と片仮名が生まれた。11世紀末に「いゐひ」「えゑへ」「おをほ」の発音合流によって文芸の表記が混乱し、これを収拾したのが藤原定家である。16世紀のイエズス会宣教師の日本語記述を通じて「大阪と逢坂」「藤と富士」等の発音の違いが明らかになる。18世紀に国学者による仮名遣い研究が古代音声復元の方法を開発した。その結果、ア行「あいうえお」ヤ行「や□ゆ□よ」ワ行「わゐ□ゑを」の古代音が復元された。
各回の講義予定
回 | 講座内容 | |
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1 | 日本における文字社会の成立 | 8世紀に公文書行政を柱にした律令体制が成立して、日本は文字なしに社会の秩序を維持できない文字社会が成立した。漢字を導入した倭人が長年の工夫によって漢文を離脱し、万葉仮名を中心にした日本語表記を可能にした過程を明らかにする。万葉集和歌、古事記、日本書紀歌謡の日本語史上の価値を論じる。 |
2 | 奈良時代語の発音がなぜ分かるのか | 万葉仮名に反映する漢字音は、隋唐時代の長安の音声である。唐代は李白や杜甫が活躍した漢詩の全盛時代であり、以後の伝統的音韻学は唐代詩の韻を復元することを目的とした。その結果唐代長安の漢字音声は19世紀まで研究の蓄積を持つ。これに20世紀以後の比較言語学と音声学の知見を加えて長安音が再建された。つまり8世紀長安音が分かれば奈良時代の発音が分かるという回路が明らかになった。 |
3 | 奈良時代の母音体系とハ行子音とサ行子音 | 奈良時代語資料にある万葉仮名の分析によって当時の母音が今より多い8母音であることが判明した。講義ではその理由と根拠を示す。伝統的漢語音韻学による中国中古音の体系と言語学による詳細な音声学的分析によってハ行子音がp音であったこと、サ行子音がtsであったことを併せて明らかにする。 |
4 | 奈良時代語から平安時代語へ | 音声史としては、平安時代に「書いて」「悲しうて」「取って」「止んで」のような音便が発生した。音便は、文法的形式「て」に接するところに生じ、従来になかった文節という文法単位を標識する。一方、日本独自の文字として平仮名と片仮名が出来た。その結果日本語の音数が47個であるという認識が可能になった。それを表象するのがいろは歌である。いろは歌が表象する平仮名体系を駆使して世界に冠たる文学作品がいくつも生まれた。発音のままに書き記した王朝文芸の言文一致の特徴を知る。 |
5 | 「いゐひ」「えゑへ」「おをほ」の音合流が生んだ仮名遣い | 11世紀半ば以前の言文一致が崩れて「いゐひ」「えゑへ」「おをほ」の背景となる音声がそれぞれ合流した。その結果古典文芸の表記に混乱が生まれた。これに危機感を持った歌人藤原定家が混乱を収拾して、歌語の綴り方を統一し、さらに従来のオール平仮名の文章に適宜「雪・袖」のような簡単な漢字を交えて後世の人に理解しやすく改訂した。定家の実践は、音声変化による混乱をチャンスに切り替えて漢字混じりの文章を古典文学の標準的書式として後世に残した文化運動である。 |
6 | 室町時代語の発音 | 室町時代に来日したイエズス会宣教師達が布教のために日本語の文法書や辞書、日本語教材をローマ字で残している。これをキリシタン資料という。これのローマ字表記によって、「大阪ousaka/逢坂oosaka」(オ段長音の開合)、「藤fudi/富士fuzi」(四つ仮名)等の発音の違いが明らかになった。またハ行子音が古代のpから変化してΦ(両唇摩擦音で響きはfに近い)であることなどが明らかになった。羽柴秀吉の発音がファシバフィデヨシであったゆえんである。室町時代当時の興味深い発音の例を観察したい。 |
7 | 日本漢字音の重層構造と日本文化 | 漢字の音読みは、「行ギョウ・コウ・アン」「人ニン・ジン」「台ダイ・タイ」「生セイ・ショウ」等、複数ある事が多い。しかも複数の読みが基本語に多く使われる(人間・成人等)ので、漢字学習の負荷が大きい。同じ漢字圏でも中国や朝鮮、ベトナムでは見出されない日本漢字音の特徴である。これを日本漢字音の重層性という。これは、唐代中国で起こった歴史的音変化を反映しており、唐朝玄宗皇帝楊貴妃の時代の変化前と変化後の発音の反映である事が多く、大変珍しい対立である。なぜこんな積み上げが起こったのかを日本文化史の観点から講ずる。 |
8 | 近世の仮名遣い研究と古典和歌の字余りの法則の発見 | 定家が創始した中世仮名遣いは江戸中期までの古典文芸の書式を決定した。万葉学者契沖は、無典拠の伝承である定家仮名遣いを批判して上代文献を参照する実証的な仮名遣いを提案した。近世の仮名遣い研究は五十音図を軸にして古代音再建を目指した。本居宣長は、ア行「あいうえお」ヤ行「や□ゆ□よ」ワ行「わゐ□ゑを」の発音を復元した。その際、ア行「を」とワ行「お」の積年の錯誤を修正し、併せて古典和歌の字余りの法則を発見した。 |
ご受講に際して(持物、注意事項)
◆視聴期間は一般申込開始(2024/08/27)から学期終了翌月末(2025/01/31)までになります。一般申込開始(2024/08/27)以降はお申し込みいただけましたら視聴可能になります。
◆この講座は
2024年度 春期 「日本語の変遷―発音の歴史をたどる」 (04/19〜06/14 金曜日、全8回)
で開講した講座のアーカイブ講座になります。
◆途中映像音声の乱れるところがありますがご了承ください。
◆オンデマンド講座のため講義内容に関する質疑は受付けいたしかねます。あらかじめご了承お願いいたします。
講師紹介
- 釘貫 亨
- 名古屋大学名誉教授
- 和歌山県生まれ。 博士(文学・名古屋大学)専門分野は日本語学、日本語史、日本語学説史、富山大学、名古屋大学で国語学、日本語学等を担当する。その他、講師として神戸大学、九州大学、大阪大学、南山大学、金城学院大学、愛知大学等で日本語史を担当した。著書は『古代日本語の形態変化』(和泉書院1996)、『近世仮名遣い論の研究』(名古屋大学出版会2007)、『「国語学」の形成と水脈』(ひつじ書房2013)、『動詞派生と転成から見た古代日本語』(和泉書院2019)、『日本語の発音はどう変わってきたか』(中公新書2023)