ジャンル 日本の歴史と文化
中野校
弥生時代とはどんな時代? 自然科学の眼で見る日本の青銅器文化
藤尾 慎一郎(国立歴史民俗博物館名誉教授)
| 曜日 | 水曜日 |
|---|---|
| 時間 | 13:10~14:40 |
| 日程 |
全8回
・10月14日 ~
12月02日 (日程詳細) 10/14, 10/21, 10/28, 11/04, 11/11, 11/18, 11/25, 12/02 |
| コード | 330202 |
| 定員 | 36名 |
| 単位数 | 1 |
| 会員価格 | 受講料 ¥ 23,760 |
| ビジター価格 | 受講料 ¥ 27,324 |
目標
・弥生時代研究の歴史(研究史)を正しく理解する
・弥生時代の基本的な知識ー年代・気候・古環境を正しく理解する
・弥生時代を構成する基本的な文化要素を正しく理解する
講義概要
本講義は最新科学が明かすリアルな弥生時代の実像に迫るものです。従来の「600年間・コメ一色」というイメージは覆り、実際には「約1200年間」のうち最初の600年間は、ゆったりとした時代であったこと。そしてコメだけでなく地域環境に応じたアワ・キビなどの雑穀栽培を組み合わせた多様なサバイバル戦略があった実態を紐解きます。さらに、在来系弥生人と渡来系弥生人が緊密に融和していく姿を最新の古代DNA解析から描き出し、ムラから都市へ、巨大王墓へと向かう社会の躍進や、リサイクルされ遺跡に残りにくい「見えざる鉄器」がもたらした技術革新を追います。単なる二項対立や一元的ではない弥生社会の本質を網羅します。
各回の講義予定
| 回 | 日程 | 講座内容 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 10/14 | 弥生時代とはどんな時代?―弥生定義のパラダイムシフト | かつて日本の先史時代は、弥生土器が発見されるまで、石器を使う縄文時代(石器時代)と鉄器を使う古墳時代(鉄器時代)の二つに分けられていました。本講義ではまず、明治から昭和初期にかけて、これら二つの時代の間に石器と鉄器の両方を用いる「金石併用時代」として新しく弥生時代が位置づけられていった歴史的経緯を解説します。その上で、1980年代を境に、弥生時代の定義が「弥生土器が使われた時代」から「水田稲作が行われた時代」へと大きくパラダイムシフトしていった歩みについて詳しく講義します。 |
| 2 | 10/21 | 紀元前3世紀から紀元前10世紀へ!科学のメスが変えた「弥生のはじまり」の謎 | 本講義では、弥生時代の始まりと終わりがいつなのか、その「暦年代」について深く掘り下げていきます。 かつて通説とされていた「紀元前3世紀開始説」の拠り所となった従来の考古学的な根拠から始まり、その後に提示された「紀元前5世紀開始説」の論拠、そして現在の議論の中心である「紀元前10〜前9世紀開始説」へと至る研究の軌跡をたどります。特に、この紀元前10〜前9世紀開始説は、従来の文脈を大きく塗り替えた自然科学的な年代測定法によって導き出されたものです。そのため、この結論を正しく理解するために欠かせない、放射性炭素14年代測定法などの自然科学的手法の仕組みやその精度についても詳しく解説します。 |
| 3 | 10/28 | 弥生時代の枠組みを問い直す:600年から1200年へのパラダイムシフト | かつて「弥生土器の時代」として約600年間つづいたと考えられていた弥生時代は、1980年代に「水田稲作の時代」へと定義が変わり、さらに2003年以降の科学的年代測定によって「約1200年間(紀元前10〜前9世紀開始)」へと大幅に引き延ばされました。この期間の倍増は、初期の農耕技術や社会システムが、私たちが想像していたよりもはるかに緩やかに、時間をかけて列島へ定着していった「ゆったりとした歴史像」へと私たちの認識を大きく塗り替えました。 講義では期間の倍増が意味する、これまでの歴史観のドラスティックな転換と、そこから見えてくる新たな弥生社会の実像について詳しく解説します。 |
| 4 | 11/04 | 縄文と渡来のハイブリッド!コメが変えたニッポンの幕開け | 「水田稲作の始まり=弥生時代の幕開け」とするならば、弥生時代の始まりを考えることは、日本でどのようにコメ作りが始まったのかを突き詰めることと同義です。 かつてこのテーマは、地元の縄文人が自ら進んで稲作を始めたとする説と、海外からの渡来人が技術を持ち込んで稲作を主導したとする説の二者択一で激しく議論されてきました。しかし現在では、最新の考古学やDNA分析により、そうした単純な二項対立は過去のものとなっています。 現在の主流は、在来系弥生人と渡来人が対立したり排除し合ったりしたのではなく、地域ごとに濃淡を交えながら激しく交流し、血の混じり合いや技術の融合を繰り返したとする見方です。本講義では、両者が複雑に絡み合いながら新しい社会を築いていった、ハイブリッドな弥生時代の真実へと迫ります。 |
| 5 | 11/11 | 「渡来」と「在来」のハイブリッド:DNAが明かす融和のプロセス | 「水田稲作はどのように始まったのか」という問いは、かつて在来の「縄文人」と「渡来人」のどちらを重視するかという二者択一の構図で語られてきました。しかし最新のゲノム解析は、遺伝的に100%異なる「石器文化人(在来系)」と「青銅器文化人(渡来系)」が出会い、激しく交流しながら生まれた「混血系の人々」が、渡来系ときわめて高い遺伝的類似性を示していくプロセスを明かしています。これは、一方的な征服や置換ではなく、長い時間をかけた緊密な通婚と融和によって新たな社会が形成されたことを物語っています。 本講義では、単なる骨の計測データを超えて、古代の細胞から抽出されたDNAが明かす、弥生人たちの生々しい出会いとハイブリッド化の最前線について詳しく解説します。 |
| 6 | 11/18 | コメだけじゃない弥生時代!風土が選んだ「雑穀」と多様なサバイバル戦略 | 弥生社会は一様なコメ作りモノカルチャーではありませんでした。土器レプリカ法の進展により、地域によってはアワやキビといった雑穀栽培の割合が非常に高かった実態が判明し、九州から東北に至るまでの多様な農業技術とサバイバル戦略のグラデーションが浮き彫りになっています。 コメを頂点とする一元的な歴史観を解きほぐし、各地の弥生人たちが地域の風土に合わせて選択した多様な農耕の実態と、それを支えたリアルな食生活について詳しく講義します。 |
| 7 | 11/25 | ムラから「都市・王墓」への躍進 | 環壕集落の分布が利根川以西に限られる一方で、奴国の中心地では1.5km以上の直線道路や四つ角を持つ「都市計画された遺跡」が出現し、出雲や吉備では古墳時代の前方後円墳へとつながる「巨大墳丘墓」が成立するなど、集落から都市へ、そして「王」の台頭へと向かうダイナミックな社会の階層化が進んでいきました。 四つの突出部を持つ四隅突出型墳丘墓や、大規模な楯築墳丘墓などは、集落内の共同体の墓から、特定の「王」を葬るための国家的モニュメントへと変化したことを示しています。本講義では、これらの巨大墳丘墓の構造や副葬品の特異性を分析し、それがのちの古墳時代における「前方後円墳」へとどのようにつながっていったのか、政治的・宗教的な連続性と画期について詳しく解説します。 |
| 8 | 12/02 | 技術革新のタイムラインと「見えざる鉄器」 | 縄文時代と一線を画すもう一つの指標である金属器の流入順序も、近年の研究で修正されました。当初考えられていた「鉄器→青銅器」ではなく、実際には「前期初頭の青銅器→前期末の鉄器」という順で列島へもたらされています。 お墓や祭祀に完全な形で埋納された青銅器に比べ、実用具である鉄器は壊れるたびに徹底的にリサイクルされたため遺跡には残りにくい性質があります。しかし、出土品が少ない地域であっても、日常を支えていた石器が激減しているという事実(=見えざる鉄器論)そのものが、社会の裏側で鉄器の実用化と技術革新が確実に浸透していた何よりの証拠となっています。 目に見える華やかな青銅器のあり方と、考古学のデータには表れにくい「見えざる鉄器」の実態。この双方の視点から、弥生社会に金属器がもたらした真の技術革新と社会の変化について掘り下げていきます。 |
ご受講に際して(持物、注意事項)
◆参考図書 『弥生人はどこから来たのか: 最新科学が解明する先史日本』藤尾慎一郎著(吉川弘文館)2024年6月刊行(できれば4刷りをご参考にしてください)。『弥生時代の歴史』藤尾慎一郎著(講談社現代新書)2015年刊行。
講師紹介
- 藤尾 慎一郎
- 国立歴史民俗博物館名誉教授
- 福岡市生まれ。中学生の時に観た弥生の展示「奴国展」をきっかけに考古学に関心をもつ。専門は弥生時代の中でも縄文時代から弥生時代への過渡期で、炭素14年代や古人骨のDNA分析をもとに、灌漑式水田稲作がいつ始まり、誰が始めたのかを明らかにするべく、自然科学との学際研究に努める。著書には、『弥生人はどこから来たのか: 最新科学が解明する先史日本』(吉川弘文館 2024年)、『日本の先史時代』(中公新書 2021年)、『弥生時代の考古学』(講談社現代新書2015年)などがある。




